大人は楽しい

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アメリカジャーナリズム報告

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立花隆『アメリカジャーナリズム報告』(文春文庫)を読む。

 30年近く前の、日米ジャーナリズム比較レポート。
 インターネット以前のレポートだから、ニュースのありかたは今と大きくちがうが、基本的なジャーナリズムの精神は変わっていないのではなかろうか。

 日本の新聞は、政府の報道をそのまま新聞記事にするのでどの新聞も紙面が似たり寄ったり。
 また、警察官が当事者から話を聞き、上司が警察官から話を聞いてまとめ、警察署長がそれを聞いて発表し、新聞記者がその発表をもとに記事を作るわけだから、読者のもとにニュースが届く頃には伝聞の伝聞の伝聞の伝聞の伝聞になっていたりする。
 官公庁の発表をそのまま記事にするわけだから、政府にとって都合の悪い情報は(何か事件でも起こらないかぎりは)まず出てこない。

 アメリカは記者に与えられた権限が大きいので、一人の記者が取材をして追跡調査をしてそれを新聞社に売り込む。こういうやりかただと、権力者のスキャンダルも暴きやすい。
 ただし効率は悪いし、新聞によって載っているニュースに大きなばらつきがある。

 どちらも一長一短である。

 立花隆はこの違いが両国の憲法に由来することを明らかにしている。

 アメリカ憲法では「報道の自由」が保証されているのに対し、
日本国憲法第21条では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」とある。

「報道の自由」と「言論、出版の自由」
 これは似ているようでまったく違う。
 なぜなら「報道」には「言論、出版」だけでなく「取材」も含まれているから。

 つまり日本の憲法では取材の自由は保障されていないわけだ。
 だから政府は、都合の悪いことは取材させないようにしむけることができる。
 取材ができなければ出版はできない。日本の新聞報道が政府の広告塔に成り下がったのは当然の帰結だ。


 この憲法があるかぎり、日本の新聞が変わることはないだろう。

 そしてより高度な報道の可能性を持ったインターネットに読者を奪われていく一方であることはまちがいあるまい。


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by uso8000000 | 2011-06-30 21:18 | 本の周辺

読書感想文 2011春 フィクション編

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森見 登美彦 『夜は短し 歩けよ乙女』 (角川書店)

 純真で好奇心な乙女と、それを追って七転八倒する先輩の物語。
 登場人物が魅力的だし、他の森見作品に出てくる人が多いので、既に何作か読んでいる人なら楽しめるはず。
 ただちょっとこじんまりとまとまった印象。どうしても『四畳半神話大系』の豪快な伏線と比べてしまう。
 時間つぶしにはもってこい。


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東野 圭吾 『どちらかが彼女を殺した』 (講談社)

 加賀恭一郎シリーズ。作中で真犯人を明らかにせず、読者に謎解きをさせるというミステリ。
 その趣向は成功しているとは言いがたいが(ぼくの感想は「正直どっちが犯人でもいい」)、トリックもおもしろいものではない。だが、ミステリではなく小説として見ればすばらしい作品と言える。
 被害者の兄が、真犯人を警察からかばいながら、復讐のために独自の捜査で犯人を追う。オーソドックスなフーダニットのミステリと、刑事コロンボのような倒錯ミステリの両方の楽しさを味わえる。
 この込み入った設定を、簡潔にかつ論理的に書けるのがすごい。


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東野 圭吾 『私が彼女を殺した』 (講談社)

 上の作品に続く、読者参加ミステリ。今度は容疑者が3人。
 やはりトリックはいまひとつ。謎解きもわかりにくい。
 加賀刑事の魅力も伝わってこない。
 だが、犯人当ての要素のおかげで十分読むに耐える作品にはなっている。



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東村 アキコ 『主に泣いてます 1』 (講談社)

 美人すぎて不幸な女性の話。
 水木しげるキャラの物まねなど、細かいくすぐりは楽しい。
 全体的な話の流れは、わりと予想できてしまう。バリエーションの多くないギャグなので、連載を長期化させないほうがいいと思う。



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米澤 穂信 『インシテミル』 (文藝春秋)

 12人が1つの建物に閉じ込められ、殺人をすれば高額な賞金を手に入れることができるという話。
 閉じられた空間での連続殺人、殺人ゲームなどさんざん使い古された手だが、それにしてはけっこうよくできていた。細かいルールの設定が後半に効いている。
 ただ、登場人物の行動があまり賢明とは言えず、やきもきする。感情的になる人間や、冷笑的な人物など、キャラクターもステレオタイプ。「それは反則だろ」というような殺し方も出てきたり。
 ミステリとしては穴だらけだが、エンタテインメントとしてはおもしろくてドキドキしてページを繰る手が止まらなかった。はっとするような解決やクライマックスの盛り上がりがあればなお良かった。


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天久 聖一(編) 『こどもの発想。』 (アスペクト)

 10年ほど前にコロコロコミックで連載されていた、小学生による大喜利。
 いやあ、おもしろい。ネット大喜利よりも破壊力があるんじゃなかろうか。
 狙ってないばかっぷり、奇天烈すぎる発想、大部分を占めるうんこちんこネタ。笑えると同時に、かつて小学生だった者としては郷愁の想いにも駆られる。


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『コミックいわて』 (メディア・パル)

 岩手県知事が編集長を務め、岩手県庁から発行され、岩手県出身の漫画家たちが岩手県を舞台に描いた作品を集めた短編集。看板に偽りなしの岩手づくし。
 ぼくは岩手とは何のゆかりもない(岩手出身者の知り合いもいない)が、こういう試みはおもしろい。
 地下沢中也や吉田戦車、とりのなんこなどクセのある漫画家をそろえたわりにはマンガの内容はいまひとつ。きちんと質をチェックできる編集者がいないから仕方ないか。
 それでもこういう試みはもっと広がればいいと思う。
(発行は1月だが、震災後この本の売り上げが被災地に寄付されることになったらしい)


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遠藤 周作 『海と毒薬』 (新潮社)

 戦争末期に九州の大学病院で、米軍捕虜を用いて生体解剖実験が行われた。その事件を下敷きにした小説。
 ショッキングな事件だが、小説はいたって穏やかな調子。登場人物はみな「どうせ戦争で死ぬのだから」と投げやりである。物語全体を包む退廃的、虚無的な雰囲気はちょっと現代の世相に似ているようにも感じられる。
 『沈黙』のようなカトリック的アプローチがあるのかと思ったが、そういう点は見られなかった。


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石川 雅之 『もやしもん 10』 (講談社)

 ○○国編(ネタバレになるので一応伏せておく)。
 相変わらず菌や食文化の説明のくだりはおもしろいのだが、ストーリーはよく見えない。登場人物たちが何を目的に何をしているのかがわからないことがよくある。というより目的があるのか?
 この人はストーリー漫画よりも新書とかを書いたほうがおもしろいのかもしれない。
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by uso8000000 | 2011-04-07 19:55 | 本の周辺

読書感想文 2011春 ノンフィクション編

最近読んだ中で、おもしろかった本。
ノンフィクション編。


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エイミィ・ステュワート 『ミミズの話』 (飛鳥新社)

 タイトルそのまんまの、ミミズの話。
 著者は動物学者などではなく、家庭菜園好きのおばちゃん。家庭菜園をやっているうちにミミズに興味を持ったらしい。
 なので解剖学的アプローチはなし。ミミズの生態や嗜好の記述にページを費やしている。
 しかし知れば知るほどミミズの能力には舌を巻く。我々の足下にある大地が、数年の間に何度も何度もミミズの体を通過したなんて考えたこともなかったな。ミミズの排泄物の上に人間(だけでなくすべての動植物)は生きているのだ。
 土壌汚染対策や水質保全にミミズを使うことを訴える後半もいい。エコだなんだと言い立てるのではなく、「せっかくこんなに優れたミミズをあるのにどうして使わないの?」という文章なのがおもしろい。合理的なアメリカ人ならでは(言うほどアメリカ人のこと知らんけど)。


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クリス・アンダーソン 『FREE』  (NHK出版)

 資源が潤沢で、限界費用がゼロに近いものの価格は必ずゼロに近づくという話。
 たとえばテレビ放送は、電波は潤沢にあり、100世帯に放送を届けるコストと101世帯に放送を届けるコストがほぼ一緒なのでこのケースにあてはまる(NHKは公正な市場にないのであてはまらない)。
 データや通信がフリー(「無料」と「自由」の両方の意)になるのは、ことの善し悪しではなく必然なのだ。
 問題は、無料をどうやってビジネスにするのかということ。いくつかの方法が示されてはいるものの、やはり無料を使って金儲けをするのは難しい。まったく新しい経済学の教科書が今求められているようだ。


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立花 隆 『宇宙・地球・生命・脳』(朝日新聞出版)

 宇宙や地球には関心がないので読みとばす。
 進化の系譜をたどるところや、生物の形がどうやって作られるのかといった章はおもしろかった。
 10年前に書かれた本だが、今読んでも「こんなことやってるのか!」という衝撃が走る。立花隆が死んだら、こうやって科学の最先端を一般に紹介してくれる人は現れるのだろうか。


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 佐藤 優・西原 理恵子 『週刊とりあたまニュース』 (新潮社)

 時事論文+時事漫画。
 サイバラ目当てで買ったのだが、サイバラの漫画はつまらなかった。苦労してきた自慢がつまらない。「日本はこうだけどアジア諸国では……」という論調が鼻につく。政治家批判がおもしろいわけがない。
 しかし外務省出身(ロシア担当)の佐藤優の文章はなかなかおもしろい。文章がいいわけではないが、ロシアがらみの話はほとんど日本に入ってこないのでそれだけで興味深い。


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米原 万里 『ガセネッタ&シモネッタ』 (文藝春秋)

 ロシア語通訳の米原万里のエッセイ。通訳こぼれ話やロシアジョークの切れ味が抜群。

 先進国首脳会談で、ロシア首脳やフランス首脳が発した言葉は一度英語に訳してから日本語に訳されているそうだ(ロシア語→フランス語、ロシア語→イタリア語、ロシア→英語→日本語、といったぐあい)。
 これってすごいことだね。言語ってのは思考を形づくる上でいちばん大事なものなのに、日本の首脳は英語というフィルターを通さずに他国の発言を聞けないんだから。日本人オリジナルの考え方なんてまったく期待されてないし、首脳自身も自分の考えを発信する気はないんだね。

 あともうひとつ印象に残ったこと。
 同時通訳の報酬は、1日12万円(この本が書かれた当時)。全国共通ですって。


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内田 樹 『ひとりでは生きられないのも芸のうち』 (文藝春秋)

 この本だけでなく、内田樹が繰り返し述べている「人は、欲するものを他人に与えることでしか手に入れることができない」という考え方は、仕事をする上で非常に大きな支えになる。
 他者のために働く、他者のために生きる。すると他者は自分のために生きてくれる。これを宗教や倫理を用いずに、論理だけで説明してくれる。おお、感動。

 労働は芸術よりも楽である、という理もすばらしい。創造は苦痛、義務は楽。心のよりどころになる考え方だ。


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穂村 弘 『もしもし、運命の人ですか。』 (メディアファクトリー)

 穂村弘のエッセイは最高だ。恋愛エッセイでも、彼が書けばちっとも甘ったるくない。それどころか笑いを押さえられない。
 思い込みの激しさ、発想の突飛さ、誰でも思い当たるいくつものかっちょ悪い振る舞い。ああ、おもしろ。
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by uso8000000 | 2011-04-06 21:34 | 本の周辺

『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』(祥伝社新書)

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若宮 健 『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』 (祥伝社新書)



 まずはじめにことわっておくが、これはまともな本ではない
 引用元のわからないデータを持ってくる、著者の感情が先走りしすぎている、検証をしていない決め付けが多すぎる、あげくには「ウィキペディアによると……」なんて文章も出てきて、失笑するほかない(これは編集者の責任でもあるが)。


 それを十分にさしひいても、やはりこうした本が出版されたことには大きな価値があると思う。


 ぼくはパチンコ・スロットをやらない。やったこともない。
 しかし身近な友人がはまっていたこともあって、パチンコ依存には関心がある。
 友人の場合は、ほんとにどっぷりと肩までパチスロに漬かっていた。何の話をしても、最終的には「スロットでも~」という話に行きつく。ちょっと金があれば打ちに行く。ちょっと時間があれば打ちに行く。スロットの前ではどんな約束もふっとぶ。最後はパンクした。つまり、借金をしてそれ以上打てなくなった。
 タチの悪い金貸しのところに行く前に支援してくれる身内がいたことが彼にとって幸いだったが、そうでなければ今頃は路上で生活しているか、死んでいるかだっただろう。


 しかし周囲の話を聞くと、こんなことはパチンカーにとっては決してめずらしいことではないらしい。もっともっとハマって家族や生活や命を捨てるはめになった人の話はザラだ。


 ここまで多くの人の人生を狂わすパチンコが、どうして大手を振ってのさばっているのか(最近ほんとにパチンコのCMが増えた)。
 その点について述べた本、新聞、テレビをこれまで見たことがなかった。 
 政治屋のオッサンたちも公共の福祉だとか最小不幸社会だとか言っているわりに、パチンコについては何も言わない(というか支えている)。
 数年前に韓国はパチンコを全廃したのだが、そのことを新聞やニュースで見聞きした人はいるだろうか? いないはずだ。

 それはもちろんテレビ局も新聞社も多くの出版社も政治屋もパチンコ業界から甘い汁を吸わせてもらっているからだが、だからこそこういう本の存在価値がある。たとえ書いてあることの信憑性が低くても。


 パチンコ批判をしろとは言わないが、その弊害を知ってて見て見ぬふりをするのはいかがなものか。
 内田樹の言葉を思い出した。「メディアリテラシーとは報道されていることの真偽を見極めることではなく、何が報道されていないかを見極めることだ」



 ちなみにこの本、ネット界隈ではけっこう話題になっているにもかかわらず新聞の書評などでは見たことがない。もちろん上に挙げたような理由からであろう。

 というわけでちょっとでも多くの人の目に触れるように、ブログに書いた次第である。
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by uso8000000 | 2011-03-27 14:31 | 本の周辺

どんぐりだっていいじゃない

『菊池亜希子 おしゃれのはなし。』(小学館)
 ハイソなご婦人が読む、おしゃれの雑誌です。

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 帯のリリー・フランキーのコメントが秀逸すぎる。
 ばかにしてるだろ。
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by uso8000000 | 2011-01-29 20:02 | 本の周辺

聖の青春

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大崎善生『聖の青春』(講談社文庫)


 2011年ははじまったばかりだが、おそらくこの本が今年のナンバーワン読書。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 将棋は知らない人でも、羽生善治の名前ぐらいは知っているだろう。
 将棋界で初の七タイトルを独占した棋士である。

 その羽生善治に対してほぼ互角の対戦成績を残しながら、29歳の若さで夭逝した天才棋士がいたことはご存知だろうか?

 彼の名は村山聖。
 幼い頃から重い腎臓病を抱え、病院で将棋を覚えた。学校にも通うことができず、ひたすら将棋をさした。

 1983年、森信雄を師匠として新進棋士奨励会に入会。
 ときに高熱を出して立ち上がることすらできない村山のために、師匠の森は買い物に行き、パンツを洗い、髪を洗ってやった。

 1986年プロデビュー。

 小さな頃から病院でさまざまな人の死を見てきた村山は命の大切さを強く感じており、「生きているものを切るのはかわいそうだ」との理由で髪や爪を切ることさえも嫌がった。
 そんな村山にとって、プロ将棋の世界は悩みの種だった。

 将棋の世界は、ほかのスポーツ等ではありえないほど厳しい。
 年齢制限があり、23歳までに初段、26歳までに四段にならなければ強制的に辞めさせられる。
 勝たなければ辞めさせられる。勝てば、相手が辞めさせられる。
 対局相手を殺さなくては生きていけない世界だ。
 異常とも言えるほどの優しさを持った村山が将棋の世界で生きることは、楽しさよりも多くの苦しさを伴ったことだろう。常に葛藤を抱えていて「早く名人になって将棋を辞めたい」と口癖のように言っていた。


 村山は強かった。最速といっていいほどのスピードで昇段し、あっという間にその名は将棋界に知れ渡った。

 その頃のエピソード。


 棋士たちが控えの間で難しい局面を検討している。詰みそうな気もするし、詰まなさそうにも見える。棋士たちがあれこれと検討しているが、誰も先が読めない。
 先輩棋士が部屋の隅にいた村山に尋ねた。
「ね、村山くん。どお」
 村山はだるそうに顔を上げる。数秒盤面を眺めた後、つまらなさそうに言った。
「詰みます」
 他の人たちは詰む理由を聞きたがった。
「ほんとに詰むの。村山君」
「……」
「ねえ、どうやるのかな」
「詰みます」
「……」
 雰囲気が険悪になってきた。
「ねえ、ほんとに詰むんだったら、どうやったら詰ますのかなあ。教えてよ。どうやったら詰むのかなあ」
 先輩の言葉は優しいが、きちんと詰まさなかったら許さないぞという口調である。
 村山は答えた。
「どうやったら詰まないんですか」


 そして、東の天才・羽生、西の怪童・村山と言われるようになる。
 羽生との対戦成績は、村山の六勝八敗である(一敗は体調不良による不戦敗)。

 だが次第に体調を崩し、体のだるさや血尿に悩まされながら対局に臨んでいたため、十数時間にわたる長時間の将棋では負けることが多くなった。

 1997年、膀胱癌が見つかる。
 村山は癌を抱えながらも闘いに挑み、鬼気迫る将棋で羽生善治を破った。
 その後入院し、膀胱と腎臓を摘出する大手術を受けた。

 だがまもなくして癌が再発。
 抗癌剤や放射線治療は一切拒否した。
「脳に悪影響があって将棋が弱くなったら困る」という理由である。
 薬を使わず、気力で癌の痛みに耐えた。

 村山は病院を抜け出し、対局に挑んだ。
 癌を抱えたまま、最後の対局は5勝0敗という成績を残した。

 病室でも将棋のことを考えつづけた。
 1998年、29歳で死去。
 薄れゆく意識の中で棋譜を唱えつづけ、最期の言葉は「2七銀」だったという。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 これほど強い意思を持った人をぼくは他に知らない。
 これほど純粋な人をぼくは他に知らない。
 決して大げさではなく、文字通り将棋に命を賭けた。
 癌の治療よりも、名人に挑むことを選んだ。

 特筆すべきは、彼が決して病気を言い訳にしなかったことだ。
「病気がなければもっと勝てるのに」とは決して言わなかった。
 棋士仲間にも、自分が病気を持っていること、手術を受けたことを隠しつづけた。
 40度を超える熱を出しながら、対局に向かった。

 それどころか、彼は自分の病気を長所だと思っていた。
 病気のおかげで人と違う体験ができる、病気のおかげで健康に感謝することができる、病気のおかげで重い病気を持った人の気持ちを理解できる、と。




 健康なのに言い訳ばかりしながら生きているぼくは、ただただ恥ずかしいと思うばかりだ。
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by uso8000000 | 2011-01-14 21:56 | 本の周辺

暮れの読書感想文

 最近読んで、おもしろかった本。



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中崎タツヤ 『もたない男』

中崎タツヤのもたないエッセイ。
以前に忍者ムラサキさんも書いていましたが、とにかく物をもたない人です。
自分では「日本で五本の指に入るほど仕事場に物がない漫画家」を名乗っていますが、そんなことはない。ダントツで1位。
なにしろ、仕事場にあるものは
筆記用具、トイレットペーパー、トイレ洗剤、歯ブラシと歯磨きチューブ、コップと頭痛薬、掃除用スポンジにゴム手袋、雑巾、枕、携帯用ウォシュレット、レジ袋(ゴミ箱代わり)、寝袋、サンダル。
これだけなのだそうだ。
この部屋で漫画を描いているのである。
これでもまだ、常に「まだ捨てられるものはないか」と考えているのだとか。
素手でトイレを洗うようにしたらゴム手袋も捨てられるけど、素手で掃除をするのはやはり抵抗がある、とかそんなことで葛藤している。
この人にとって、素手でトイレ掃除をするのと、家にゴム手袋を置いとくのは同じくらいつらいことなのだ。

家の中だけではない。
車を持っていたときは、ヘッドレスト(座席の上にある、頭をもたれさせるとこ)を捨てて、車検が通らなくなった。
バイクを持っていたときは、泥よけが邪魔に思えてきたので捨てた。泥よけがないので雨の日は服が泥だらけになるが、余計な物がついているぐらいなら泥だらけになるほうを選ぶ。

本は、読んだページから破って捨てていく。
読みすすむにつれて本がどんどん薄くなってゆく。
ボールペンも、インクが減ってきたらペン本体を削って短くしてゆく。

完全にビョーキである。すごい。
ぼくは物を捨てられない人間なので、ちょっとうらやましい。


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カラスヤサトシ 『カラスヤサトシ 1〜5』

うまく説明できないんだけど、そこはかとなくおもしろい。
おかしな人のエッセイ漫画。特に初期は、完全に頭がおかしい人。
人形を修行させたり、誰も見ていないところで一人芝居をして現実との境がわからなくなったり。
わからないんだけど、なんとなくわかる気がする。子どもの頃の考え方がこんな感じだった。
中崎タツヤとかカラスヤサトシとか、変な人のエッセイを読むと、脳みそが揉みほぐされるような感じがしてスッキリする。


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地獄のミサワ 『カッコカワイイ宣言! 1』

ナンセンスバカ漫画。
長尾謙一郎『おしゃれ手帖』の初期に似ている(あの漫画は初期と中期と後期でまったく別の漫画になる)。
余計な説明、ツッコミを省いているのがいい。
吉田戦車にしても、うすた京介にしても、ツッコミをしだすとつまらなくなる。


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白輪剛史 『パンダの飼い方』

雑学本かと思ったら、がっつり珍獣・猛獣の飼い方を説明した本。
著者は動物のブローカー。
こういう本は他にちょっとないのでおもしろい。
クジラ以外なら何でも飼える(そして実際に取り扱っている業者がいる)というのがすごい。(クジラは陸にあげると自重でつぶれてしまうのだそうだ)。
しかし、広い場所が必要で、餌代も高くて、肉食獣なら他の動物を殺さなくちゃならなくて、鳴き声や強烈な臭いや世話に悩まされるような生き物を飼うなんて、物好きな人もいるもんだ。


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高野秀行 『異国トーキョー漂流記』

“日本に来た外国人”についてのルポ。海外旅行記は数あれど、在日外国人について書かれたものはそう多くない。
旅行記よりもこっちのほうがおもしろい。
盲人は目が見える人よりも日本語学習をしやすいとか、ヨーロッパ人は日本に「インド的な神秘」を求めてやってくるとか、大量のペルー人が同一の日系名を名乗って日本にやってくるとか、イラク人が故郷を捨てなければならない悲しみとか。おもしろい。
体験もおもしろいが、文章にユーモアがあるのでぐいぐい読める。


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岩明均 『七夕の国 (上・下)』

伏線がすごいという前評判を聞いたので期待していたのだが、ちょっと期待はずれ。
たしかに綿密に考えられているんだけど、『寄生獣』のようなスピード感やヤマ場や主人公の葛藤がなかった。
筋は無駄がなくて完成しているので、漫画より小説に向いているのかもしれない。


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宮部みゆき 『楽園 (上・下)』

『模倣犯』の続編というか後日談というかアナザーストーリーというか。
前半ははっきりいって退屈。中盤からは新たな事実がどんどん浮かび上がってきて、引き込まれた。『模倣犯』のときもこんな感覚だった。
が、ラストは腑に落ちない。悪い奴の罪があいまいになったままだからなあ。
構成は実によくできている。宮部みゆきは『模倣犯』のような小説はもう二度と書けないんだろうなあと思わされた。


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内田樹 『疲れすぎて眠れぬ夜のために』

感想というより覚え書き。
・その場の感情に身を委ねて行動することは利己的ではない
・耐えることを続けていると、みずから不快な道を選ぶようになる
・アメリカは、どこよりも女性が虐げられてきた国
・リスクを取るものだけが決定権を与えられる(リスクをとる≠リスクを負う)
・礼儀作法というのは、自分に対して強制力を発揮できる人間の前で仮面をかぶることにより、自己の利益を最大化するための技術
・家庭内暴力を受けて育った女の子は「愛しているから殴るんだ」と自分に言い聞かせるようになる。結果、将来的に暴力を振るう人間を夫に選ぶ。


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内田樹 『街場のアメリカ論』

覚え書き。
・世界の連続殺人事件の80%はアメリカで起こっている。
・日本にとって最大の軍事的危機は、中国が攻めてくることでも、北朝鮮がミサイルを撃ってくることでもない。「有事の際に日米安保条約が機能しないこと」である。だが日本はそれをありえないものとして、最大の危機の際の対応を定めていない。
・アメリカは、日本が中国・韓国と対立することを望んでいる。
・スーパーマン、バットマン、スパイダーマンなど、アメコミのヒーローは自分が正義のために戦っているのに周囲には理解されない。それはまさしく国際社会におけるアメリカの姿と重なっている。
・アメリカの政治システムは、人間がまちがえることを前提に「今より悪くならないようにする」というシステムを用いている。
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by uso8000000 | 2010-12-23 20:53 | 本の周辺

電子書籍よりも

本を電子書籍で読みたいとは思わないけど、本の内容をデータで置いとけたらいいとは思う。

読み終わった本をなかなか捨てられない。
九割以上の本は二度と読み返すことはないわけだけど、手元に置いておきたい。
よほどつまんなかった本以外は家に置いとくので、どんどん溜まっていく。


だから紙の本に、本の内容が入ったMicroSDをつけてくれたらいいと思う。
そしたらデータだけ残して、本は捨てられる。
データを見ることはたぶんないだろうけど、場所をとらないし、「いつでも読める」と思うだけで安心である。


「使わないけど存在することに意味があるデータ」
けっこういいアイデアだと思うのだが、どうだろう。
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by uso8000000 | 2010-12-20 10:58 | 本の周辺

薄バカGEROU

ついに出ました!
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水嶋ヒロ『KAGEROU』(ポプラ社)

いやー。楽しみにしていました。
もちろん買ってません。勝手に写真を撮っただけです。書店員でよかった!

あれこれとクソポプラ社の悪口を書いてきたぼくですが、ひょっとしたら水嶋ヒロはすごい作家なのかもしれない。『KAGEROU』は大傑作なのかもしれない。
そのときはクソポプラ社に深くお詫びしなければならないと思っていました。
クソポプラ社さん、水嶋ヒロに賞を与えたあの日からポプラ社の本を返品しまくってごめんなさい、と。



 さてさて。
「命とは何か?」「人間の価値とは何か?」という深遠なテーマに、ダイナミックな物語構成で鋭く切り込む。今日的な問題を取り込みながら、時にユーモアあふれる筆致でぐいぐいと読者を引き寄せていく。
という宣伝文句をつけられた『KAGEROU』。

 水嶋ヒロがユーモア? そうは見えないけどなあ。
 そう思っていました。ぼくも。
 ところが、これ非常にユーモア溢れる本です。

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まず、冗談としか思えないぐらい文字数が少ない。

 これで1ページです。
 数えてみましょう。38文字×14行。1ページ最大532文字。
 それが236ページ。仮にびっしり文字があったとしても計125,552文字
 児童文学かっ!!
 さすがは児童書のポプラ社。


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【参考】 伊坂幸太郎著『マリアビートル』(角川書店)
 45文字×20行。1ページ最大900文字。
 それが465ページ。418,500文字
 べつにぶあつい本じゃありませんよ。ごくごく普通の版型の単行本です。

『KAGEROU』は1,470円。『マリアビートル』は1,680円。
単純に文字単価計算しますと、『KAGEROU』は『マリアビートル』の約3倍のお値段

 いやー、すごいですね。
 伊坂幸太郎といえば、『このミステリがすごい』に9度もトップ20入りし、本屋大賞を受賞し、さらには直木賞を辞退した超人気作家。
 その伊坂幸太郎の本格エンタテインメントの3倍の価値があるわけです、水嶋ヒロの『KAGEROU』には。
 

 おっと。
 先ほどうっかり「児童文学か!」と言ってしまいましたが、ろくに調べもせずに軽率なことを言ってはいけませんね。調べてみましょう。

 小学生に大人気、柳原慧『レイトン教授とさまよえる城』(小学館)1,575円
 42文字×17行×316ページ = 225,624文字

 少年少女世界文学館シリーズ、ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』(講談社)1,470円
 42文字×14行×301ページ = 176,988文字

 前言撤回。
125,552文字の『KAGEROU』は児童文学以下の内容量でした。



 いやいや。
 字数なんか問題じゃないですよね。
 大事なのは、内容。

『KAGEROU』は内容ももちろんユーモアたっぷりです。

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天国でたぶん喜んでるだろうなって意味。日本語って難しいよね……『ヘブンでたぶん』なんちゃって

はいここ重要なとこなのでもう一回書きます。
『ヘブンでたぶん』なんちゃって


うん、ユーモアあふれている。


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「ワタシ探ス」

「大丈夫。チョット待ってロ」

「ありましたネ〜ありましたゾ」


さすがは帰国子女の水嶋ヒロ大先生。
外国人が操る日本語にも造詣が深い。
40年前のギャグ漫画と同じくらいユーモラス。



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「まさかマッカーサー、でまかせで負かせ」

はいこれも重要なのでもう一回。

「まさかマッカーサー、でまかせで負かせ」

笑いが止まりません。ナイスユーモア。
水嶋大先生のユーモアはまだまだ続きます。次。


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野原の真ん中で天敵に出くわした小動物のようにポカンと口を開けてこちらを見ている女性

そうですね。天敵に出くわしてポカンと口を開けて見ている野性の小動物なんていませんよね。
もちろんこれも水嶋ヒロ大先生のユーモアです。
はい次。


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目の前にあるそれ自体が既にゴミと化したゴミ箱に向かい、丸めたティッシュを投げ捨てようとしたヤスオは手を止め、男にゆっくりと向き直った。

世紀の悪文?
いいえ、ちがいます。
こんなひどい文章、優秀なクソポプラ社の編集者が放っておくわけないじゃないですか。
もちろんこれはユーモアを狙ってわざと読みづらく書いた文章。


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 男は静かな低音を響かせながら、スパイダーマンのように片手片足で金網に摑まり、ヤスオの足首をゾッとするような強さで下へと引っ張る。
 ヤスオの腰骨あたりに食い込むフェンス枠がゴリゴリと軟骨を噛み砕く音を立てた。


 すばらしいですね。
 笑いをとりにいったものとしては、非常に完成度の高い文章です。
 絶望的に文章のセンスが無い人の文章を模倣して書いた文章。
 なかなか狙って書けるものではありません。天性の才能ですね。



クソポプラ社のみなさん、出来レースだとか言ってごめんなさい!
ポプラ社小説大賞が求めていたのはこういう作品だったんですね!
だとしたら、山田悠介先生に続く超新星の出現ですね。

ぼくがまちがってました。

ずっと勘違いしてました。
ポプラ社はまっとうで良心的な出版社だと。

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by uso8000000 | 2010-12-15 17:25 | 本の周辺

真実の鬼太郎

 子どもの頃、『ゲゲゲの鬼太郎』をよく読んだ。

 アニメや『ゲゲゲの女房』や水木しげる先生が文化功労者に選ばれたせいで、すっかり教育的にタダシイ漫画として認識されてしまっているが、『ゲゲゲの鬼太郎』のおもしろさはエロ、風刺、過激な暴力などにあると思う。


以前にも書きましたが、「原作の鬼太郎はセックスしまくりなんだぜ」と言ってもなかなか信じてもらえません。

 歯がゆい思いをしていたところ、先月角川文庫から
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       『ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』
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       『ゲゲゲの鬼太郎 青春時代』

の2作が出版されました。ありがとう、角川さん。

内容紹介
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by uso8000000 | 2010-12-07 13:26 | 本の周辺

移転しました。新しいブログはこちら http://dogdogfactory.blogspot.jp/
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