大人は楽しい

カテゴリ:徒然( 54 )




大相撲八百長問題より深刻な問題

 大相撲八百長問題。
 相撲ファンとして、思うところはいっぱいある。


・メール消せよ。なんで証拠メール大事に置いてんだよ


・もちろん今にはじまったことじゃないのは相撲ファンならみんな知ってる。
 ややこしいので「金を仲介した八百長」と「持ちつ持たれつの八百長」は分けて考えるべきだと思う。
 後者のほう(相手は七勝七敗。自分は既に勝ち越しを決めているから勝たせてあげる、とか)は暗黙の了解というやつで、それほど悪いことじゃない。どんな競技でも多かれ少なかれあることでしょ。


・これまで何度となく週刊誌が八百長を報じて、相撲協会と裁判になって、出版社が敗訴して賠償金を払わされていた。
 その賠償金は返してもらえないのかな。


・「3人が認めた。他にも1人、疑わしい力士がいる」なんて報道されてるけど、4人どころじゃない。
 4人じゃ八百長なんかほとんどできないんだから。


・新聞やニュースで街の声を拾っている。「八百長は、スポーツとして絶対にあってはならないこと」とか言っている人がけっこういる。そういう人は大相撲のことを何も知らないから、聞くだけ無駄。
 大相撲はスポーツじゃありません。神事なのですよ。
 そこをわかってない人があれこれ語るから話がややこしくなるんだよねえ。


・恵那司ってすっごく悪い顔してるよね
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 顔のこと言っちゃ悪いけど、でもこれ誰が見ても悪い人だよ


・幕内力士を対象に聞き取り調査するとか言ってるけど、そんなことしたって意味がない。
 だって、八百長がばれたときの罪って、良くて協会追放、悪くて協会追放なんだもん。
 自首したって罪が軽くなるわけじゃないし、黙ってたって刑事罰が科せられるわけじゃないんだから、言わない方が得だよね。


・この八百長問題が表に出たのは、明らかに警察の権力濫用の結果だと思うんだけど、その点について非難する人が意外に少なくてびっくり。

 野球賭博(これは違法)に関連して、警察がメールの捜査をする
→八百長をしていたことが判明
→八百長は法律違反じゃないから警察は何もできない
→警察、日本相撲協会に「八百長してるやつがいましたぜ」と報告

 捜査上知り得た秘密を簡単にばらしちゃっていいわけ?
 取り調べして無罪ってことがわかったのに「この人こんな本読んでますよ。こんなもの買ってますよ。この日、こんなことしてましたよ」って言いふらしちゃっていいわけ?

 八百長なんかよりこっちのほうが大問題だと思いますよ、ぼくは。
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by uso8000000 | 2011-02-05 20:53 | 徒然

幕の内さまさま

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このブログへのアクセス数。

幕の内効果絶大。
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by uso8000000 | 2011-01-29 04:55 | 徒然

中学生の自意識

 本屋にて。
 男子中学生がずっと肩に上着をひっかけるようにしてダウンジャケットをかついでいた。
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            (こんな感じ)

 ずーっとその格好で、本を見ている。
 本を手にとりにくいだろうに。


 ああ、彼の中ではまちがいなく
「今、おれサイコーにかっこいい」
なんだろうなと思って、笑ってしまうと同時になぜかこっちが恥ずかしくなる。


 男子中学生というのは強烈に自意識が過剰な時期だから、たいていみんなかっこいいと思ってダサいことをやらかしている。

 ぼくもずいぶんやらかしている。
 今でも当時の写真は恥ずかしくて直視できない。
 ぼくの場合は
「かっこよく見られたい」
という思いと、
「でもかっこつけているとは見られたくない」
という相反するふたつの気持ちを抱えていた。
 ずいぶん歪んだ自意識を持っていたぼくは、ちょうどエゴを確立する時期だったこともあり、
「とにかく人と違うことをする」という方向に走った。

 中学生のぼくが導き出した方針は「あえてダサいことをする」というものだった。
 
「かっこつけている奴らを上回るには、そいつらを皮肉ってわざとダサいことをすればよい」
 当時ははっきりとそう思っていたわけではないが、今言語化するならばそういう考えだったと思う。
「悪役を演じて人を惹きつけるのが真にいい役者だ」みたいな理論である。

「わざとダサいことをする俺ってかっこいい」
 名づけて「ダサかっこいい」作戦だ。



 まず、髪型を七三分けにした。
 同級生の男子生徒たちがヘアムースをたっぷりとつけて真ん中分けにしたり髪の毛をつんつんと立てているのに対抗したのだ。

 それから、シャツの裾をズボンに入れた。

 うちの中学校には制帽があったのだが、途中から「かぶってもかぶらなくても自由」ということになった。
 もちろん誰もかぶってこなくなったのだが、ぼくは全校生徒でひとりだけ制帽をかぶりつづけた。

 首からホイッスルをぶらさげた。
 百円均一で買ったブルーのホイッスルだ。

 大きなリュックを背負い、留め具をおなかの前でぱっちんと留めた。
 およそ考えられる、ダサいことを次々とやった。




 結論から言うと、ぼくの「ダサかっこいい」作戦は半分だけ成功した。

 つまり、「ダサい」の部分は十分に周囲に伝わり、「かっこいい」の部分はまるっきり理解されなかったのだ。
 笑われることはあっても、「かっこいい」のさらに上を目指したぼくの崇高な考えを評価してくれる人は誰ひとりいなかった(特に女子には伝わらなかった)。



 今書いてみても、ずいぶん屈折した中学生だったんだなと思う。
 そして周囲の人たちがぼくのファッションをどんな目で見ていたのかと想像すると、顔から火が出るほど恥ずかしい。

 そんなふうに思うと、今のぼくがわざと寝グセをつけたまま出かけることがあるのは、未来の自分に恥をかかすだけだからやめたほうがよいのではないだろうかと考えてしまうのだ。
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by uso8000000 | 2011-01-06 14:59 | 徒然

大学のあり方

 外国語大学の学生と話す機会があった。
 なぜ外大を選んだのかと尋ねると、こんな答えがかえってきた。

「高校生のときに、F大学(国立総合大学)のオープンキャンパスに行ったんです。
 そこの外国語学科の講義を受けてみることができたんですけど、文法の歴史とかの話をしててぜんぜん実践的じゃなかったんです。
 外大のほうは実際に英語で会話をしたりしていて、生きた英語が身に付きそうだと思ったんで、外大にしました」


 この子は大学に何を求めているのだろうか。

 英会話を身につけたいのだろうか?
 だったら英会話スクールに行けばいい。大学よりずっと安いし、教え方だってうまいはずだ。


 ぜんぜん実践的でない英語を教えていたF大学のスタンスは正しい。
 大学で学ぶ英語は「研究対象としての英語」か「研究の手段としての英語」のいずれかであるべきだ。

「研究対象としての英語」というのは、決して手段ではない。
 英語を学ぶことそれ自体が目的なのだ。
 古文を学んで「わたしは文法とかじゃなくて平安時代の人と話すための古文が学びたいの!」と言うだろうか。

「研究の手段としての英語」というのは、参考資料を読む、あるいは論文を書くための英語だ。
 旅行英会話や外国人の友人を作るための英語ではない。
 


 そういうことをわからずに、学生が「大学は方便を教えてくれるところだ」と勘違いをして通うのは彼の勝手である。
 だが、大学側が思い違いをしている高校生に迎合して
「うちに来たら資格やスキルが身に付きますよ」とか
「当校の卒業生の就職率は○○%!」とか宣伝するのはいけない。
 文科省がきっちり取り締まって、こういう大学は高等教育機関から中等教育機関に格下げすべきだ。


 学問とは、「わからないから学ぶ」べきものだ。
「これをやったら英会話が身に付く」とか「この講義を受ければ○○の資格がとれる」とかいうのは学問ではない。
 誰も踏み込んだことのない道(というより道があるのかどうかもわからないところ)へ果敢に踏み込んでいくのが学問だとぼくは考える。

「わからないから学ぶ。学んだから何を得られるのかもわからない。でもおもしろそうだから行かずにはいられない」
 大学に通っていながらこういう気持ちを味わったことのない人は不幸である。
 資格をとるため、就職するために通う大学は道ではない。ただのベルトコンベアーだ。



 だから大学は学生に対して就職の斡旋をする必要はない。いや、してはいけない。

 幸いにして、ぼくが通っていた大学は「自由」を校風としていた(なにしろ校舎の中に学生が勝手に運営しているBARがあった)。
 まったくの自由放任主義であった。
 大学側から進路について言われたのは一回きり。
 卒業式の日に
「卒業先の進路が決まっている人は教務課に報告してから帰ってくださいねー」
 これだけである。
 ぼくも周囲の友人も報告せずに帰ったから、教務課は卒業生の進路をほとんど把握していないはずである。

 それでいい。道は道としてだけ存在してくれればいい。勝手に運んでくれなくていい。


 大学の放任主義のせいかどうかはわからないが、ぼくは就職に失敗した。
 小さな会社に就職し、思っていたのとは違ったこともあって数ヶ月で辞めた。
 直接の退職理由は健康上の事情だが、仕事がおもしろかったなら無理を押してでも続けたと思う。

 あっという間に無職の立場で社会に放り出されたわけだが、大学を恨んだことは一度もない。
 今も安月給で働いているし(“ワーキングプア”に分類されるぐらいの水準だ)、今の環境に対しては不満だらけだが「大学がきちんと就職の世話をしてくれていたなら」などとは一度も思わない。

 後悔があるとすれば「もっと学問をしておけばよかった」ということだけだ。

 手取り足取り就職の世話をしてくれる大学に通っていた人は、そしてその環境を当然のこととして受け入れていた人は、職場への不満を大学のせいにしているのではないだろうか。
 それはやっぱりとても不幸なことである。
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by uso8000000 | 2011-01-04 21:56 | 徒然

ランボー 怒りのフィンランド

SANATOさんの人を傷つけない笑いなんてこの世に存在しないよベッキー (たかさん)にコメントしようかと思ったけど、コメント欄に書くには長くなりすぎたのでここに書く。



今日の朝日新聞の読者投稿欄に載ってたこと。

投稿者は日本在住のフィンランド人。
酒が好きで居酒屋でよく飲むのだが、日本人がよく英語で話しかけてくる。
彼は日本語をそこそこしゃべれるから、日本人の下手な英語で話すよりも、日本語で会話をしたほうが意思疎通ができるのに。
つまり彼に話しかけてくる日本人は、彼に興味があるのではなく、英語に興味があるのだ。
だったら英会話スクール行けよ。


って投稿。おもしろかったので思わず記事の写メを撮ってしまった。


フレッド・ブラッシーという悪役レスラーが母親に
「普段の優しいおまえとリング上の残虐なおまえ、どっちが本当のおまえなの?」と訊かれて、
「どちらも本当の私ではない」と答えたそうな。




中田英寿はかわいそうな子だから自分さがしの旅に出ちゃったけど、ある程度経験を積んだ人間なら、ほんとうの自分なんて存在しない、というよりそんなもの要らないと思ってるんじゃないかな。
様々な経験を通じて、さまざまな「自分」を獲得して、それを状況に応じて使い分けられたほうが有利だとわかっているから。

職場では「勤勉な自分」
親の前では「わがままな自分」
恋人の前では「かっこいい自分、かわいい自分」
わが子の前では「頼もしい自分」
態度の悪い店員の前では「怒りっぽい自分」を演じる、といったぐあいに使い分けるほうが断然生きやすい。

外国に行ったときも、
親切そうな人に道を尋ねるときは「この国に不慣れな外国人」を演じたほうがいいし、
治安の悪い地域では「旅慣れている旅行者、もしくは現地人」を演じたほうがいい。

そうやって持てる武器の数を増やしていく、状況にあったふさわしい武器を使えるようになるってことが人間としての成長だと思う。


英語で話しかけられるフィンランド人が嫌な思いをしたのも、
悪役レスラーが母親に対して冷たい返事をしたのも、
自分が使う武器を強制されたことから生じた怒りによるものだと思う。



障害者の芸人が自身の障害で笑いをとるのは、ナイフ1本で拳銃やマシンガンやロケットランチャーと闘わなくちゃならないランボーと同じで、危険極まりない行為だ。
ナイフばっかり使っているうちに他の武器の使い方を忘れてしまう。
ナイフがどんどん錆びついてきても、誰も他の武器を持たせてくれない。
「あんたにはナイフがあるでしょ」と言われてしまう。
もうナイフが体の一部、いや全部になってしまっている。

考えてみてほしい。
ナイフだけで99人の敵を倒してきた人間が、100人目の敵をロープで絞殺しようと思うだろうか?


障害があるってのは笑いをとる上でとんでもない武器になるかもしれないけど、だからこそ最後の最後まで使うべきではないと思う。
「いざというときには俺にはこれがあるんだ」って懐の奧深くに忍ばせておく。
いよいよどうしようもなくなったときに、障害を使って笑いをとる。
いつ武器を出してくるのかわからない敵の方が、ナイフをふりかざしている相手よりもよっぽど恐ろしいと思うよ。


(※ 『ランボー』シリーズはまったく観たことがありません)
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by uso8000000 | 2010-12-11 16:48 | 徒然

徒然読

【PISA】
国際学習到達度調査(PISA=Program for International Student Assessment)の結果で日本の順位が上がったとか騒いでるけど、この調査の意義なんてあるのか。

まとまった文章を読んで、その後の問いに答えるという問題。

だけどそれぞれ異なった言語を使っている国の間で比較して、読解力に優劣をつけることなんかできないんじゃないの。
それぞれの言語には向き不向きがある(論理的思考に向いている言語、詩歌が得意な言語など)のに。

文章の意味が理解できないことにも、
・読解力が無い
・文章中に出てくる単語を知らない
・文字が読めない
など、いろんな理由がある。
「文字が読めない」という理由は英語圏の学生ではまずありえないから、漢字圏の国は不利だ。
逆に、漢字では単語を知らなくても意味を推測しやすい。

そもそも文化が違えば、同じ文章から読み取る意味も変わってくると思うけどな。
「日本と中国が戦争をした。双方とも多くの人が死んだ。二度とこんなことを繰り返してはならない」という文章から、
「絶対に戦争をしてはならない」というメッセージを受け取る国もあれば、
「二度と負けてはならない」というメッセージを受け取る国もあるのだ。


【斎藤佑樹と菅野智之】
ハンカチ王子こと斎藤裕紀が北海道日本ハムの入団会見をおこなっていた。
札幌ドームを借り切っての異例の会見。

「目標とするピッチャーは?」という問いには、
「ダルビッシュさんです」と、先輩を立てる優等生的回答。

「対戦したいバッターは誰ですか?」と訊かれて、
「打率の低いバッターです」
 おお、そんなユーモアもあるのか。
 あんまり好きじゃなかったんだけど、ちょっと見直した。

 でもプロで活躍できるとは思えない。
 それより全日本大学選手権で早稲田に負けた東海大の菅野智之くんのほうがすごい。

 斎藤をとりあげた番組で観たけど、斎藤より菅野に釘付けになってしまった。
 コンスタントに150kmを超えてくるし、球質も重そうだし、変化球もいい。気持ちも強そうだ。
 3年生らしいから、来年のドラフト候補。あれはきっとプロでもすぐ活躍できるぞ。菅野智之、要チェック。


【悪いのは誰?】
この記事がおもしろかった。

  電車内で乗客Aが電話をする
→ 乗客Bが注意する 
→ AとBが口論になる 
→ 乗客Cが非常停止ボタンを押す 
→ 電車が停止。ダイヤが乱れ、多くの乗客に影響が出る。

悪いのはA、B、Cのうち誰? という議論。



AとBの諍いの程度がわからない(軽い言い争いだったのか、死人が出かねない喧嘩だったのか)が、紹介されている意見はおもしろかった。

リンク先では管理人の意思が入っている(一部の書き込みだけを抜粋してる、コメントの並び順を変えている)のが残念。
こういうのは生のまま出してくれたほうが公正でおもしろいのになあ。


「Cが悪い」派が多いみたいだけど、
「Cに損害賠償請求をしたら、本当に危ない事態に陥ったときに非常停止ボタンを押すことをためらってしまう」という意見も。
なるほど。これはいい意見。
「悪い」≠「裁かなくてはならない」ってのは大人の意見だね。良くも悪くも。


「Aが電話をしなければCがボタンを押すこともなかったのだからAが悪い」って意見もけっこう見られる。
すべてを因果関係で説明しようとするのは子どもの意見だね。良くも悪くも。
それを言っちゃうと、Aを産んだAの親が悪いとかいうことになっちゃうんだよねえ。


ぼくの考えとしては、

(AとBの口論が、乗客の安全に影響を及ぼさないレベルだったと仮定すると)
まず、Bには非がない。

Aは悪い。ルールを破ったのだから、罰せられてもいい。
ただし電車が停まったことの責任までAに求めるべきではない。
Aには電話をすることで電車が停まることまでは予測できなかった。

ではCは?
悪意があって非常停止ボタンを押したのなら損害賠償責任を負うだろうが、悪意で押したのだとは考えにくい。
すぐ隣で大人が喧嘩をしていたらけっこう怖いものである。身に危険が及ぶかもしれない、あるいは誰かが怪我をするかもしれないと考えても不思議ではない。
そういうときに「危険な事態が発生したら押して下さい」というボタンがあれば、押すのもごくごく自然なことだ。
というわけでCにも責はない。
一人の身の安全を守るために多数の人間の時間を使うことは罪ではない。

JRももちろん悪くない。
脱線事故などが発生したときにダイヤを守ることよりも乗客の安全を守れと言うのは、何より世間(JRの乗客)である。

つまり誰も悪くない。
強いて言うなら、「電車は遅れない。遅れてはならない」という認識こそが誤っているのだ。

 


ハーバード大のマイケル・サンデルさんのとこでぜひ話し合ってもらいたい議題だ。
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by uso8000000 | 2010-12-09 20:14 | 徒然

徒然予

 時代劇の中で、登場人物が未来予知をするのが嫌いだ。

 江戸時代の人間が
「きっと、何百年後の世界では、ニッポンから外国に自由に行けるようになるはずだ」
みたいなことを言うやつである。

 登場人物にそういう台詞を吐かせて「先見の明のある人物」として描写するのはずるい。
 だって明らかに後だしじゃんけんじゃないか。

後から予想させるのだから当たってて当然だ。
「百年後の日本は、東西に分裂して内戦をくりひろげているにちがいない」みたいな大ハズレの予想は聞いたことがない(日本に資源があれば太平洋戦争後にロシアが日本に手を伸ばして日本も朝鮮化していただろうから、あながち大ハズレとも言い切れないけど)。

 頼むから『龍馬伝』の最終回では、龍馬か勝海舟あたりにそういう台詞を吐かせないでくれよ。


『龍馬伝』観てないけど。
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by uso8000000 | 2010-11-21 20:48 | 徒然

チェルノブイリには行きたくねえ

 世界一周旅行に行きたい。

 仕事を休んで、細かいことは気にせずにぱーっと。


 できれば全部の国を見てまわりたいけど、ビルマとかタイみたいな政情が不安定な国に行くのは怖い。やっぱり命は惜しいし。
 北朝鮮みたいに日本と国交のない国も、簡単には行けないみたいだし。
 そういうとこは諦めるとしても、それでも世界にはたくさんの国がある。

 特に憧れるのはヨーロッパだ。
 ベタだけど、パリ、ロンドン、ローマ、ヴェネツィア、アムステルダム、ウィーン。どれも素敵な都市だと聞く。
 だけどヨーロッパは物価が高いらしい。日本から遠いから、交通費だけでもけっこうな金額になってしまう。
 金に困っていては、とてもゆっくり観光なんかしていられない。西ヨーロッパは諦めることにしよう。
 もちろんアメリカやカナダも同じだ。

 北欧はどうだろう。
 西欧ほど物価は高くないらしい。それでいて、人々は幸せな暮らしをしているというイメージがある。フィンランドなんか一流の福祉国家だし、家具はおしゃれだし、おまけにカバの妖精もいる。
 だけど北欧って、観光するようなところがあるんだろうか。歴史的建造物とかは聞いたことがない。
 フィヨルド? そんなもの地図で確認すれば十分だ。
 北欧、つまらなさそう。

 中南米はどうだろう。
 ラテン系の陽気な国民は、見ているだけで楽しそうだ。
 問題は、ぼくがスペイン語もポルトガル語も知らないことだ。いくら陽気な人間だって、話している言葉の内容がわからなければ不愉快にしか思えないと思う。

 だったらアフリカやロシアもだめだよね。
 スワヒリ語やロシア語もわからないもん。

 ちょっと待って。ぼくが多少使える言語といえば、英語と中国語だけだ。
 中国?
 うーん。もう2回行ったしなあ。どうせなら一度も行ったことのない国に行きたい。


 あー。
 安全で、お金がかからなくて、見所が多くて、言葉が通じる国に行きたい。


 そうだ、京都行こう



-
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by uso8000000 | 2010-10-27 19:52 | 徒然

×夜景プライスレス  ○夜景ノーバリュー

「百万ドルの夜景」という言葉があるが、ぼくはネオンの夜景に1円の魅力も感じない。

 もちろんきれいだなんて思ったことはないし、むしろ汚らしいと思う。
 ごちゃごちゃ、無秩序、過剰装飾。
 サラ金が密集しているビルに似た汚さを感じる。


 ビルや丘の上から、地上のチェーン居酒屋やラブホテルや風俗店のネオンを見て「きれー!」と言っている人の気が知れない。

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 上に貼ったのはニューヨークの夜景。
 よく見て。
 ほんとにきれい?
 夜景=きれい って思わされてない?

 心の底からこれをきれいだと思う人は、パチンコ屋に行くといいよ。もっとキラキラしてるから。



 そこへいくと、明け方の景色はいい。

 起きぬけは感覚が鋭敏になっているから、なんのへんてつもない風景でもはっとするほど美しく見える。

 特に冬の朝はいい。
 地球がまだ眠っているような気がする。
 氷河期から大地が目を覚ましたときはこんな感じだったんだろうな、と思う。
 清少納言が「冬はつとめて」と言ったが、あいつはなかなかよくできたやつだ。

 夏の朝も気持ちがいい。
 植物が光合成を開始して、まあたらしい空気が肺の中いっぱいに入ってくるのがわかる。
 キャンプの翌朝に、山の湿った空気の中を歩くのが好きだ。



 夜に味わうのは、ネオンのチカチカではなく、気持ちを落ち着かせるものがいい。
 神戸の夜景よりも、布団のぬくもりのほうが100万ドルの価値があるとぼくは思う。


 何が言いたいのかというと、

「夜景のきれいなレストランがあるんだけど、一緒にどうかな」
と女の子を誘うよりも

「いい布団があるんだけど、一緒に寝ない?」
のほうが手っ取り早くていいよねってこと。
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by uso8000000 | 2010-09-23 20:47 | 徒然

徒然音

「おまえ○○って言いたいだけやろ」
「それはおまえのさじ加減やろ」
というツッコミ文句は誰が言い出したのだろう。

 きっとはじめはすごくシャープな台詞だったのに、あまりに安易に使われてしまって、今では「なんでやねん」よりも陳腐な文句と化してしまっている。


 一緒にバーに行った友人が
「この店でいちばん強い酒を」
と注文した。おまえそれ言いたいだけやろ。
そんな僕は「おまえそれ言いたいだけやろ」って言いたいだけやろ。


 友人は冗談で言ったのだが、バーの店主はなかなか気が利かない人で、度数97%だかなんだかのわけのわからんスピリッツを持ってきた。
 そんなものはロシア人だけに与えとけ。
 ああいうのを酒と呼んでもいいのだろうか。
「激辛カレーです」と言って、すっごく辛いカレーライスからご飯と水と野菜と肉を抜いたもの(つまり香辛料のかたまり)を持ってくるようなもんじゃないのか。
 僕が飲むわけじゃないからいいけど。


 また別の友人から
「X・Y・Zというカクテルの名前の由来は、これ以上のものはないという究極のカクテル、ってことやで」
と教わった。
「へえ。和音(わをん)はこれ以上のものはないといういちばんきれいな音ってことやで」
とでまかせを言ったら、
「あ〜、そうなんや〜」
と、こっちがびっくりするぐらい感心された。
そんなわけあるか。
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by uso8000000 | 2010-01-18 21:41 | 徒然

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by uso8000000
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